「働く」と「生きる」を楽しむためのレシピ

「人生100年」と言われるようになり、生涯現役がもはや当たり前の時代に突入。一人ひとりが「自分らしさ」を見つけ、ワーク&ライフを楽しむためのヒントについて考えていきます。

書くことへの信念は、もう揺るがない

今日の材料:フィードバック、フィードフォワード、研究の価値、ブログの価値

前回の記事【「物語」の力をさらに問う―多様性を創造力にするために― 】には、たくさんのコメント&ブクマコメントを頂き、本当にありがとうございました。

私はブログ執筆を通してもっともっと書く力をつけたいと強く思っているので、頂いたコメント一つひとつが本当に宝です。

書く力は書くことでしか身に付きません。みなさんから頂くコメントは私が書いたことがどのように伝わっているのかを教えてくれる、この上なく貴重なフィードバックなのです。

そういえば、最近は「フィードバック」ではなく「フィードフォワード」という言葉が使われているようですが、ご存じですか。

ざっくり説明すると、(あえて対比した場合)「フィードバック」は過去志向で私見の色彩が強く、問題や欠点の指摘が中心。それに対して「フィードフォワード」は未来志向で広い視野からの意見であり、解決への展望が臨めるものだそうです。

 

biz.trans-suite.jp

 

back (後方)から forward (前方)へ―言葉のあやからこれまでの伝え方を見直そう、という試みは理解できるのですが、私個人としてはどうしてもこういうノウハウ的な説明には疑問を感じてしまいます。

上の記事では上司と部下の関係性を基準に描かれているのですが、上司は「前向きなアドバイス」のつもりでも、部下からしたら「後ろ向きな指摘」と受け止められることが多々ありますから。

結局、関係性によって同じ内容でも前向きにも後ろ向きにもなりうるのです。いくら内容的に「フィードフォワード」を意識しても、伝わらなければ意味はありません。上司は伝える内容だけでなく、部下との関係性、そこでの自分自身の在り方も問い直す必要があるのではないでしょうか。

そして伝えられる部下側もまた、ただ受け身ではいけないと思うのです。

まずはどんな指摘も「フィードフォワード」として受け取る努力が必要だと思います。問題や欠点の指摘であっても、自分の受け止め方次第で未来志向にすることは可能だからです。自分がやるべきことに信念を持っていれば、意識的にこうした受け止め方をすることは出来るはずです。

自分自身と向き合い信念を持った上で、パワー関係の中でどうしても信念を貫くことができないのなら、そのときは別の関係性を探すことも出来るでしょう。いずれにしても譲れないものを持っているかどうかで、物事の受け止め方は変わってきます

私はこれまでの人生の中で迷ってばかりいたので、上司だけでなく他人の評価にずいぶん振り回されました。でも今は、書くことに信念を持っています。だからどんな指摘も「フィードフォワード」に出来る自信があります。

もちろん、みなさんから頂くコメントは努力を要せずとも勇気づけられるものばかりで、誰から見ても確実に「フィードフォワード」です。そして鋭い「気付き」を与えてくださるので、一つひとつに大きくうなずいてしまうのです。

 

 

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前回の記事で、私は以下のようなことを書きました。

 

私がたくさんの論文を読んだ中で心に残ったのは、分析や検証方法の正確性とか発見事実の希少性を訴えるものより、研究の目的や見出されたことに対する執筆者の想いが伝わってくるようなものでした。

頂いたコメントは、この内容に共感してくださったものがとても多かったような気がします。例えばいつもコメントをくださる、さえわたるさんはこう書いてくださいました。

難しい研究論文であっても、書いたのは人間。
ドライな実証性が求められる反面、やはりそこにはヒトのココロが宿っているものだと感じています。
真実を追究する情熱とでもいいますか

 

「真実を追求する情熱」―私はこの言葉でさらに自分の「気付き」を深めました。

私が研究をしていて感じた違和感はまさに、この「情熱」が置き去りにされていたことだったのです。研究方法の適切さや研究の貢献ばかりを強調しなければならないことに、どうしても馴染めませんでした。社会科学を学ぶことは、人が生きやすくなるきっかけや、そのヒントを見つけるものだ―私が持っていたこの情熱は、大学院で求められる研究者としての成功と明らかにかけ離れていました。

ところが、この「研究」とは何かということさえ、関係性の中で揺れ動くものだということに後から気付きました。

ips細胞研究で有名な京都大学山中伸弥教授のエピソードです。山中教授は留学中に指導を受けた先生から「君のビジョンはなんだ」と聞かれた時、「妻子を連れてアメリカに来ているのは、いい研究をして、論文をいっぱい書いて、研究費をいっぱい貰って偉くなりたいからです。教授になりたいんです」と答えたそうです。

それに対してその先生は「それはビジョンじゃない。ビジョンを達成するための手段だろう」と言いました。

それを聞いて山中教授は、「いまの医学では治せない患者を治せるとしたら、それは研究。だから研究者になろうと思った」ということを思い出したそうです。

山中伸弥が研究者として成功した秘訣——「VW」のモットー|人間力・仕事力を高めるWEB chichi|致知出版社より

研究者としてのビジョンは、やっぱり「真実を追求しようとする情熱」の中にあるのです。

ある関係性の中で限定的な「研究」の在り方に、私自身も惑わされていました。山中教授とは比べ物にもならないくらい小さなものかもしれないけど、きっと私にも出来る「研究」があるはず今はそう思っています

でもこうして考えてみると、ブログの価値と研究の価値は似ているかもしれません。

自分の気付きを追求すること、そしてそれを伝えることが、誰かの気付きにつながるんですから。

ここでブログを書き続けながら、来年は論文も書くと私は心に決めています。 

 

 

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