「働く」と「生きる」を楽しむためのレシピ

「人生100年」と言われるようになり、生涯現役がもはや当たり前の時代に突入。一人ひとりが「自分らしさ」を見つけ、ワーク&ライフを楽しむためのヒントについて考えていきます。

「経験から学ぶ」だけでは足りない

今日の材料:経験、学び、デューイ、コロナ

夏も終わりに近づいていますが、暑さはまだまだつづいています。そしてコロナの勢いも、衰えるどころかどんどん増している気がします。

コロナ以前から、予測不可能な時代になったと言われていました。でもコロナの経験はこの場に生きてなお、理解できない現実を私たちに実感させます。

VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性の頭文字)という言葉は、未来ではなく、いまを象徴するものになりつつありますね。

よく「経験から学ぶ」と言いますが、コロナを経験すると、それだけでは乗り切れないと痛感します。

それならば、どうすればいいのか。

経験しながら、学ばなければならない。いまの私たちは、間違いなくそういう状況に生きています。

20世紀初頭に生きたアメリカの哲学者、ジョン・デューイの唱える「learning by doing」の考え方は、まさにそのことを示しています。

デューイの教育哲学によれば、教育とは経験の継続的な再構築だと。このプロセスそのものが、教育の目的だというのです。

いま生きている状況や、その関係性のなかで考えることが学びであって、それは過去の経験の結果ではない。現在進行形で考え、語らなければならないのです。

「いまここ」に集中すること。ある意味では、経験を活かそうとすることがかえって、近視眼的な学びを生み出す可能性もあります。

経験の積み重ね、といいますけど、重ねることでむしろ崩れてしまう。いま、私たちを取り巻く環境は、そんな危うささえ、もっているような気がします。

 

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私はライターの仕事をしつつ、組織やそこで働く人たちに焦点を当てて研究をしています。もうすぐ人生、半世紀になろうとしていますが、いまだにこういう危うさを感じることばかりです。

いまも書籍のライティングをしていますが、以前かかわった書籍のプロセスとはまったく違い、いったんゼロに戻さなければ、とまさに今日も思いました。

そして、以前の書籍を創り上げるプロセスでは、研究者としての経験をゼロに戻さなければできなかった。ああ、あのときも大変だったな、と思い出します。

いつまでたっても、初心者から抜け出せない。いつになったら安定するのか、と思っていた私に、「安定なんて求めないほうがいい」と教えてくれた人がいました。

デューイの言う「learning by doing」の思想。それは、いつでも「初心者」の感性をもちつづけることといえるのかもしれません。

ふと周りを見渡してみれば、私の周りには年齢にかかわらず、安定を求めない人がたくさんいます。

これまでも、そんな人たちをブログで描いてきましたが、執筆や研究をつづけていくなかで、そういうネットワークがますます広がっていくような気がします。

類は友を呼ぶ、と信じて。

私も「いまここ」に集中したいと思います。

コロナの最前線で頑張ってくれている人たちは、否応なしに「learning by doing」の日々を送っています。こういう人たちが生み出す知恵、そしてその行動力にこそ、学ぶべきところがたくさんあると強く思います。

国や地方自治体のリーダーの人たちに、こうした人たちから学ぶ意欲があれば、と思わずにはいられません。

いまの状況には、誰もが「初心者」であると認める勇気と覚悟が必要だと思います。

 

 

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