「働く」と「生きる」を楽しむためのレシピ

「人生100年」と言われるようになり、生涯現役がもはや当たり前の時代に突入。一人ひとりが「自分らしさ」を見つけ、ワーク&ライフを楽しむためのヒントについて考えていきます。

理屈より深い納得を生み出す「物語」の力

今日の材料:物語、納得、主観

前回の記事で、「ナラティヴ・セラピー」について触れました。

そこでの「ナラティヴ」とは「語り、物語」のことです。

私が書いたのは、自分について語ることをきっかけに、「当たり前で動かしがたい」と思っていた現実が実はある関係性の中での限定的なものでしかない、ということに気付くということ。

その経験を自ら語り直すことによって、何も変わっていないはずの環境が全く違うものになる、ということでした。

「実際にはそんな単純にいかない!」と言われちゃうかな、と思ったのですが、頂いたコメントを見ていると、こうした経験は意外と多いのかもしれない、と思い直しました。

この「物語」というのは、実は合理的な説明よりずっと物事への納得を生み出すものだ、という考え方があります。

「物語的現実」とか「物語的自己」とかそんな言葉で表現されるのですが、それは原因と結果という明確な因果関係ではなく、自分が経験することで初めて物語のように筋道が立てられるということです。

「主観的」と言ってしまえばそれまでですが、子供の頃から聞いてきたたくさんの物語が多くの人にしっくりくるように、実は情緒や感情の中にこそ深い納得があります。むしろ客観的で理路整然とした説明以上に、人の心に刻まれるものなのかもしれません。

 

 

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子供にもわかる物語の説得力―これを最近、自分でも思わぬところで経験しました。

私の子供は6歳のやんちゃ男児。当然、毎日のように悪いことをしては叱られる年頃です。

「ゴミはゴミ箱に捨てないと家がゴミだらけになるでしょ!」とか、「使ったものは元に戻して!」と理屈を言ったところで、「は~い」と気のない返事・・。

でもある時、持っていたおもちゃを容赦なく床に落とした息子に、おもちゃが言ったように「痛い!ひどい!僕たち友達じゃなかったの!?」と言ってみたら、思った以上に動揺した息子が「もうしないから・・」と半泣きに。

何度も使える手ではないとは思うのですが(笑)、「こうだからこう」という理屈よりもストレートに心に響くんだろうな、とこちらも納得してしまいました。

ちなみに「自分探し」がメインテーマのこのブログ。例えば就活で求められる自己PRのように、過去の出来事から自分が誇れることを見つけ出すことをテーマとした記事を、以前書きました。

自分探しーありきたりな出来事こそが宝ー」、「自分探し②―ネガティブな経験だって宝― 」といったものです。

こういう経験を紐解いていく時、この「物語」という視点が一つのヒントになるのかな、と思います。

例えば上の一つ目の記事では、あるキャリアカウンセラーの方が多くの新卒者を面接した中で記憶に残っているのは、「ホノルルマラソン」の話ではなく、「親友とケンカしてどうやって仲直りしたか」という話だった、ということを書きました。

自分が今でも鮮明に思い出せる、忘れられない出来事―それは、どうしてそこまで自分の心を動かしたのか。原因と結果のような客観的な条件ではなく、ただ自分の物語として語ってみることで、自分にとっても聞く人にとっても納得を生み出すストーリーが出来るかもしれません。          

 秋も深まる夜長に、昔の出来事をストーリーにしてみませんか。

  

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